わたしの日記

父を亡くした娘の問答空間

理想と現実との幸福潜在説

理想と現実
と聞くと、



夢と希望に満ちた理想
に対して
思うようにできていない現実
今に見てろよ!という現実






現実に満足できていないから、
夢や希望を抱いて努力する。





さて、
努力した結果、
夢や希望がある程度叶った結果、
本当に幸せなのか???








ある日、
小学校の友人から連絡が来た。


「小学生の頃埋めた19年前のタイムカプセルさあ、来月掘り起こすことになってたはずなんだけど、何か知らない??」







親切なことに当時配布されたタイムカプセル開封についての学校便りが添付されていた。


私はてっきり20年後だと思い込んでいた。




幹事は当時の児童会メンバーだが、
どう考えても連絡を回せるほどの拡散力を持ち合わせていない。
そもそもSNS上にいないのだ。





こりゃー誰かが動かないとグダるぞ・・・・。





という不安に駆られ、
連絡を回すことにした。
当時の先生達と連絡が取れないことには
状況を把握できない。




教員時代の知り合いをあたって、当時の校長と連絡がついた。




その情報をSNS上で拡散させることにした。




だが、誰がいたかをしっかり覚えていない。


実家住まいの友人に協力を要請して、
卒アルの写メを送ってもらうことにした。



さっそくiPadに取り込んで、連絡が付いたら写真に丸をしていった。
写真を見れば名前を思い出せた。
どんな奴かもすべて思い出せた。




久しぶりに当時の同級生とやりとりするうちに、
なんだか懐かしい思いになる。







そして卒アルの写真を見るうちに当時の価値観も蘇ってきた。






「なんでなんなに人に興味があったのだろう?」


当時の私は、全員友達だという感覚だった。

今思うと距離感の分からないヤバいやつだ。




タイムカプセルを埋めるときに書いた手紙の内容も少し覚えている。


っというのも、そこに書いた人生年表を現実にするために日々努力してきたからだ。





だから忘れるわけがない。
ただ、当時描いた夢物語なだけあって、
結構無茶な設定をしている。

私は県内トップの湘南高校へ進学する。
私は私立大学トップの早稲田大学へ進学する。
私は税理士になる。
私はタイムカプセルをあけるまでに結婚をして、
5歳の子供がいる。






現実の私は、
市内トップ止まりの高校へ進学した。
私立女子大トップ止まりの大学へ進学した。
何の縁なのか、偶然にも早稲田と近所のキャンパスだった。


お父さんと一緒に過ごすことを優先にして、地元で教師になったが、
学校の閉鎖的な雰囲気、生産性のない組織に将来性を見出せず、
そのうち過労で倒れたのをチャンスだと考え、退職。


その頃、お父さんは全身に転移していて薬の副作用に苦しんでいた。
なにかできることがないか、
こちら側の受け止め方に準備ができないか
そんなことを考えるうちに介護の仕事を始めていた。




奇跡的にお父さんは定年を迎えることができたが、
年金をもらえる年齢ではなかったので、
行ける時に仕事をするっていう感じで再雇用で働いていた。




「なんで、こんな状態なのに、働かないといけないのか?」


そんな不満から、年金について調べるようになった。


年金に詳しくなる資格を調べると、
社会保険労務士というものがあった。

勉強を始めると、内容が興味深く不思議とはかどった。


お母さんの協力もあって、年金事務所に相談へ行くと、
十分もらえる状態だということがわかり、申請をした。


本当ならもう1年前からもらっていい状態だったようだ。
60歳からもらえていた昔の制度から65歳へ変更する時に
段階的に引き上げる年齢にお父さんは該当していたようだった。




私は今年の社会保険労務士の試験を受けた。
受けて2週間後にお父さんは亡くなった。




試験が終わってお見舞いに行った時、
お父さんは「試験どうだった?」
と聞いた。


その次の週にお見舞いに行った時も、
お父さんは「試験どうだった?」
と同じことを聞いた。




「11月に合格発表だからそれまで分からないよー」
っていうと、
「もし受かったら何としてでもものにするんだぞ?」


というのが最後の言葉だった。






お父さんの49日がすぎた11月に発表を迎えた。
お父さんはもういない合格発表。




結果は、1点足りなくて不合格。




何としてでもものにするしかない・・・・。

来年こそは合格しようと誓った。






タイムカプセルを埋めた頃は、
こんな現実を迎えるなんて思ってもいなかった。




勉強さえすれば、
やりたい仕事ができて、
夢を叶えられて、
結婚して幸せな生活を送っていると信じていた。




まさか、
その夢のために、
お父さんは必死に働いて、

定年を迎えるやいなや寿命が尽きてしまうなんてことは思いもよらなかった。



私の学費がなければ、
お父さんは健康でいられて
老後をゆっくり過ごすことができたんじゃないか?




理想を叶えるために、
なにかが犠牲になっている。




そんなことをタイムカプセルを埋めようとする小学生の私が知っていたら、

私はどういう内容の手紙を書いていたのだろうか?






理想を叶えるまでの能力は私には無かったが、
だいたい近くまで迫れた理想を現実にした今、
私は満足だと胸を張って言えるのだろうか?






大切なことを失ってはいないか?


理想を抱いた当時が実は1番幸せだったのではないか?


幸せなことに気づかず、
余計な欲をかいたせいで、
幸せを見失ってしまったように感じる。






もしかしたらこれからも同じようなことが起きるかもしれない。
今気づけていない幸せって何だろう?

それに気づけないと、
また数十年後に「あの時は幸せだった」
などと同じ過ちをするのかもしれない。






今を大切に生きよう。


何気ない毎日を大切にしよう。